大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(う)2415号 判決

一、公訴事実第二は親告罪である。(刑法第二百六十一条)故に該事実に関しては告訴は訴訟条件である。而して、本件被害者は森永乳業株式会社であるから、告訴権者はその代表者である同会社の京都工場の工場長には右会社を代表する権限はない。故に右事実につき右会社の京都工場の工場長七沢与作の為したる告訴は無効である。故に右事実については訴訟条件を欠缺していることになる。従つて、右事実については公訴棄却しなければならない。(刑事訴訟法第三百三十八条四号)然るに原審が被告人に対する不適法な毀棄罪の公訴に基き敢えてその実体につきこれを審判したことは、違法であり破棄をまぬがれない。

二、原審は右事実の被害物品の所有者を森永牛乳株式会社であると認定している。しかしかかる名称の会社は存在しない。しかも

◎証人七沢与作の原審公廷における供述

◎司法警察員に対する金光聖邦の供述

◎起訴状の記載

◎告訴状の記載

◎盗難被害届の記載

等を綜合すると、単に、「誤記」であるとして片附けることはできない。審理不尽も甚しい。かかる不尽の審理は量刑にも影響すること明かである。

三、本件動機は、金光聖邦があまりにも苛酷に使役したことに原因がある。被告人は真面目な男であり、勿論前科はなく保釈後も懸命に働いている。本件窃盗(公訴事実第一)には実害が伴つていないし第二事実に附随して行われた犯行である。決して別の機会に別の動機で犯されたものでない。

家庭の情状にも斟酌すべき点がある。右を綜合すると、原審量刑は不当に重いと思料される。申訳のない犯罪ではあるが刑の執行を猶予するのが刑事政策的に至当であると考える。といふのである。

弁護人の論旨一、二に対する判断。

原判決は罪となるべき事実として、起訴状記載の公訴事実を引用し、起訴状には判示特殊冷蔵自動車を「森永牛乳株式会社の所有」と記載してあること所論の通りである。しかし七沢与作名義の告訴状及び金光聖邦の司法警察員に対する供述調書の記載によれば右は「森永乳業株式会社所有」の誤記と認められるから、この点の論旨は理由がない。

原判示第二事実は右森永乳業株式会社所有の判示自動車を損壊した事実を認定し、刑法第二百六十一条を適用しているのである。しかし刑法第二百六十一条所定の罪は刑法第二百六十四条により告訴を以て論ずるいわゆる親告罪になつてゐるから、本件につきその告訴があつたか否かを審案するに、本件に対する告訴状なりとして検察官より提出せられたのは記録第四三丁以下にとじてある告訴状である。よつて該告訴状を検討するに、これには告訴人を森永乳業株式会社京都工場工場長七沢与作とし、被告訴人に告訴人所有の自動車を損壊せられた旨の犯罪事実が記載してある。然らば森永乳業株式会社所有の自動車を損壊せられた事実につき、同会社京都工場長七沢与作より告訴したものであること明らかなるところ当審証人七沢与作の証言によると、同人は右会社の取締役又は支配人たる資格はもつて居らず、只同会社京都工場長として同工場の事務を総括処理し従て判示自動車もその地位に基いて占有してゐたものであることが認められる。かくの如く単に株式会社の一工場長として、会社の所有物を会社のために占有するものは、その物に対する刑法第二百六十一条所定の犯罪の被害者ということはできないから、該犯罪につき告訴権を有しない。(大審院明治四五年(れ)五九七号同年七月二七日刑三判決抄録五二巻五八五一頁。大正七年(れ)二三七八号同年一一月三〇日刑三判決抄録七八巻一〇〇九二頁。東京高裁刑一判決高裁刑特報一五号三五頁、参照)従て前示自動車に対する損壊罪につき告訴権を有するものは森永乳業株式会社であつて、京都工場長七沢与作ではない。

而して株式会社の有する告訴権を行使し得る者は、会社のため裁判上の行為をなし得る権限を有するものでなければならない。然らば株式会社の単なる工場長は、その工場長なる名義を使用したることにより商法第四十二条の規定の適用のある場合といえども、告訴権を適法に行使することはできないものといわなければならない。(大審院昭和一一年(れ)九九三号同年七月二日刑二判決集一五巻八五七頁参照)。右証人七沢与作の証言によるも、同人が右会社より本件告訴につき特に代理権を与へられたことも認められない。よつて森永乳業株式会社所有の本件自動車の損壊罪につき、同会社京都工場長七沢与作よりなしたる本件告訴は、告訴権なきもののなしたる告訴として無効である。

然らばその他に適法な告訴のあつたことは、これを認められない本件公訴はその前提条件を欠いて無効であるから、刑事訴訟法第三百三十八条第四号により、棄却すべきであるのに、これを看過し有罪の言渡をした原判決は失当であつて、この点の論旨は理由あり、原判決は全部破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!